スケキヨブログ

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5.音楽 母の日にはベリーグッドマン【おかん~yet~】を聴く

ベリーグッドマンの【おかん ~yet~】を聴くと、母親に感謝の気持ちが沸き上がってくる、私スケキヨです。

 

母の日から、早いもので一週間が過ぎました。

毎年5月の第2日曜日は母の日となっています。

 


https://youtu.be/9IiPix4Xe98

ベリーグッドマン【おかん ~yet~】YouTubeより

 

「あれ、母の日、うっかり過ぎてしまった!」という人も少なくないのではないかと思います。

 

母の日になると、今ではカーネーションを中心としたプレゼントを贈る習慣がありますが、かつての「母の日」の意味合いは私たちが思うものと異なるようでした。

 

今回は、そんな「母の日」について気になったので調べてみました。

 

「母の日」の始まりは、今からなんと約110年前の1908年に遡ります。始まりの地は、アメリウェストバージニア州

 

アンナ・ジャービスという母親想いの女性がいました。

母アン・ジャービスは、南北戦争時代から終戦後、そして亡くなるまで女性社会活動家として人々のために活動し続けていました。尊敬され、愛される方でした。

 

アンナは、母アンの命日に、感謝を示すために教会で追悼会をあげました。そのときに母のために白いカーネーションを捧げたのです。

 

これが、母の日の始まりです。

 

この「母の日」というのは、

 

ただ単に育ててくれた母に感謝するだけでなく、すべての母親の社会への貢献を讃え、平和を願う日

 

としての意味合いが強かったようです。

 

 

なるほど!めでたしめでたし👏

と終わりたいところでしたが、話にはまだ悲しい続きがあります。

 

それから「母の日」は、次第に商業利用されるようになりました。圧倒的消費社会!

 

現在では、「アンナが、母アンの大好きだった白いカーネーションを、追悼会で配ったこと」という部分だけが切り取られて、そこから「母の日」=「感謝のためにカーネーションなどのプレゼントを贈ること」となって広がってしまいました。

 

「母の日」誕生の立役者となったアンナは「母の日」の商業化に反対運動に身を捧げましたが結果は実らず、財産を使い果たし、さらには認知症の発症、衰弱し、最後は療養所で息を引き取りました。彼女は、子どもを残しませんでした。

 

アンナは、ただ「母の日」の本来の姿を取り戻したかっただけなのに。

 

彼女の死後も「母の日」は消えることなく、今日まで世界中で原形を変えて祝われています。日本でも、大正時代にカルチャーが輸入され、第二次世界大戦後に本格的に普及していきました。

 

イベントが本来の目的を逸脱して商業化することはよくあることですが、私は、母への感謝とともに、すべての女性にリスペクトを送り、平和を願うという、どれも大切にして「母の日」を祝える人になりたいなと思いました。

 

いつか結婚して、母親になったお嫁さんに愛をこめて花束を渡せる日が来ればいいなと夢を膨らましながら、Superflyの【愛をこめて花束を】を聴いて、締めくくりたいと思います。

 

https://youtu.be/gU5oN0KVofU

Superfly 【愛をこめて花束を】YouTubeより

 

最後まで記事を読んでいただきまして、誠にありがとうございました。